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戦前の転入ボギー車の皮切りとして、1934年に西武鉄道(旧)より2輌を譲受、111・112とした。元は新宿軌道線で活躍した車輌である。1924年汽車会社製のシングルルーフの木造車で、車輪径の大きな台車(Brill76E)を装備した高床車であった。

入線後は車外に鋼板を張って使用されたが、1940年には側面引き戸を1枚から2枚に改造、側窓も1段から2段とされ、丸妻だった前面は平妻に改修された。塗色は木造車時代は一貫して茶+クリームのツートンだったようである。

特徴的な点としては納涼電車との台車共用があり、1936年に同じ111・112の車番を持つ納涼電車用の車体を新造、以後は夏季のみ上廻りをこれに載せ替え、秋季から春季までは通常の木造車体を載せて運用するという使い方をされていた。のちこれらの車体は台車共用相手を113・114に変更(1938年ごろ?)、番号も書き替えられたため111・112は通年一般車に戻った。

戦後までは2輌とも変わらぬ活躍を続けたものの、111は1948年に早々と廃車された(台車は115に転用?)のに対し、112は1953年に113・114とともに東京都電150形(旧王子電軌200形/1927年田中車輛製)の車体に載せ替えられ、半鋼製車となった。なお、原形の都電150形は1段窓であったが、当車は入線後に2段窓に改造されている(113・114は1段のまま、のち同様に載せ替えられた202は112と同じく2段化)。新車体は当初から埋め込み2灯テールライトで、印象は106形に近いものになったが、前照灯が半埋め込みの流線型とされたのが特徴である(113・114・202も同様)。ベンチレータはトルぺード形2個×2列で、これも江ノ電では珍しい。

またこの車体載せ替えに際し、現行標準色が初めて登場している。車号はボギー車では珍しく銀色の切り抜き文字(EKSのイニシャルや検査標記は白ペンキ書き)とされた。

112はその後、同じく都電の車体に載せ替えられていた202と組んで1956年に連結車化。200形(連結車)の1輌となり、同年の201(ボギー車)廃車で空いた201番に改番された。

編成

藤沢 鎌倉
111
112

各種データ

製造所 汽車製造(112の新車体は田中車輛)
新車体改造:日本電修工業
制御方式 抵抗制御
駆動方式 吊掛式
車体 旧車体:木製、新車体:半鋼製
車体長 ---
自重 ---
定員 ---
製造初年 大正13年(112の新車体は昭和2年)
最大在籍数 2輌

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