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1903年、片瀬・行合間開業に際して付随車5〜8とともに導入された。ここで10が登場しているから、現在の10形10は九十余年越しの2代目ということになる(余談だが、絵本『うみのでんしゃ ぼくらの江ノ電』(中島章作/小峰書店)トビラ絵に入っている『10がた』のイラストはこちらの旧10号車のものである)。

5〜8同様、車体の造作は1〜4と大きく変わるところはなく、前面窓ガラスなしのオープンデッキ2軸単車だが、車体長が長く側窓9枚となっていた。またこの2輌に関しては、藤沢方4枚目・5枚目の側窓の間の窓柱だけが他より太い(5〜8では側窓は全て等間隔である)。

付随車と同時の導入でもあり当初から連結運転を考慮していたものであろう、付随車同様の朝顔形連結器が装備されていた。当然救助網を付けてしまえば使用できないので、運用に応じて付け外ししていたものと思われる。ただ先頭に立ちながら救助網を付けていない写真があるあたり、さほど神経質に着脱していたわけではなさそうである。

登場後の変遷は1〜4と大体同様で、ポール化・車体改造・前照灯設置などが実施され趣を変えた。前面窓ガラス取付時には(9を見る限り)1〜4と異なり中央窓上辺は直線とされた。また9は1918年にモーターを米国ゼネラル・エレクトリック(GE)社製のものに交換している。

塗装の変化も大体同様と思われるが、ビューゲル時代の写真に茶一色+前面腰板に明色の縁取り(現在の20形と同じような模様)入りの姿があり、1も同色に塗られていたのが確認できる。2010年、全通100周年を記念して施された20形の木造単車風ラッピングは、このあたりがモデルではなかろうか。

一般車のままボギー車導入後も走っていたが、ボギー車の転入が始まった頃には廃車となったようである。

編成

藤沢 鎌倉
9
10

各種データ

製造所 車体:天野工場
電装品:シーメンス・ハルスケ
台車:マイネッケ
制御方式 抵抗制御
駆動方式 吊掛式
車体 木製
車体長 ---
自重 ---
定員 ---
製造初年 明治36年
最大在籍数 2輌


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