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■1931年、1輌(105)のみ製造された。製造時期は106〜110と同じだが、メーカーは本車のみ川崎車輌で、スタイル的にも試作的要素が強い。 ■目立つのは側扉の内側ステップを省略して折り畳みステップ装備としたことで、バンパーは付いているが車体裾は直線を描く。ステップは当初1段で、1936年に2段に改造された。 ■長さ・幅ともに101形よりも詰められた小柄な車体で、窓が高く幕板の狭いプロポーション、新製ボギー車では唯一の片開き1枚扉(戸袋は車体中央側で原形では磨りガラス)も相まって100形随一の軽快なイメージとなった。就役当時の記録には、戦前の江ノ電では基本的に設置していなかった尾灯(筒型の外付け1灯)が見られる。側窓は1段窓(戦中から戦後にかけては物資不足からか2枚ガラス化されていた。末期には1枚と2枚が混在している)である。 ■原形では4個×2列のT型ベンチレータ(Zパンタ化で撤去)を装備し、行先表示窓は幕板中央に装備されていた。排障器も101形や106形の救助網とは異なり、格子状の柵とストライカーを組み合わせた形状であった。。 ■折り畳みステップは使い勝手が悪かったのか、1930年代に一旦は通常の内側ステップに改造された。しかし1955年、今度はホーム嵩上げに伴いステップが撤去され、当車に関しては元に戻った形になる。 ■他車同様に茶→茶+クリーム(101形同様水色一色塗りも存在)→青+クリーム→現行標準色といった塗装変更を経、ヘッドライトの屋根上移設、雨樋・埋込テールライト設置も受け、1964年にはポール→Zパンタへの載せ替えも行なわれて長く生き残ったが、1輌のみの異端車のため連接車化の対象からは外れ、107・108・110とともに最後のボギー車の1輌となった。 ■1973年、600形の出力増強のためにモーターを供出し、それ以降は実質廃車同然で極楽寺検車区に放置されていたが、1976年に正式に休車、そのまま1979年に廃車となった。付随車として連結車に組み込む話も持ち上がったことがあるというが、実現していない。
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