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■初代113・114は1938年に2輌譲受した木造ボギー車で、池上電気鉄道が新造し目黒蒲田電鉄(→東京急行電鉄)を経た15、16を前身とする。 ■移籍ボギー車では唯一、完全な鉄道線用の車輌をベースとしており、高床であるほか原形ではステップも装備していなかった。このため江ノ電入りに際しては側扉部分へのステップの設置、前面へのバンパーの取付といった改造が加えられた。 ■丸妻の前面にD10Dの側面見付、扉は一枚引戸で、東横デハ1や新京阪デロ10に通ずるスタイル。深いダブルルーフが目立つ。モニター屋根には116・117と違って採光窓が片側4ヶ所設けられていた。また台車はブリル系ながら、枕バネに4本のコイルバネを使用、その両端2本が斜めに付けられた珍しい形状をしていた。 ■戦後まで木造のまま活躍したが、座席は板張りとなり、また車幅の広い当車にあっても片側の座席は撤去され、定員増が図られた。塗色は木造車時代は茶+クリームのツートンだったと思われる。 ■高床車の使い勝手の悪さもあってか、1948年に113、1949年に114がそれぞれ廃車。2輌とも1949年に北陸鉄道へ譲渡され、バンパーを外し、ステップを短くしてモハ801・802として使用された。 ■その後1953年、江ノ電では都電から150形(もと王子電軌200形/1927年田中車輛製)を車体のみ3輌分譲受。1輌分は112の車体載せ替えに使われた(別頁参照)が、残り2輌分(旧154・155)は都電の狭軌線、杉並線で働いていた261、262(←西武)の台車と組み合わされ113・114(2代目)となった。従ってこの113・114(2代目)は、上記の113・114(初代)と直接関係はない。 ■導入にあたって112(後に載せ替えの202も同様)は側窓および前面両端窓が2段化されたが、この2輌は1段のままとされ、王子電車の面影をより色濃く残していた。テールライト2灯化、流線型前灯化は112と同様で、種車が同じためベンチレータも同様のトルぺード形2個×2列。112とともに現行標準色を採用した最初のグループである。車号も同様の切り抜き文字。 ■113・114(2代目)は1956年、連結・連接車の比較検討用として300形のトップナンバー301F(当初は301+301)へと改造された。
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