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![]() ▲極楽寺検車区で保存されている108 晩年にはなくなっていた続行表示板掛け(窓下のフック)も復元されている (2005.11.06) |
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■105と同じく1931年、101形に続くボギー車として5輌が新潟鉄工所で新造された。その後の体質改善は専ら改造・譲受によって行なうこととなったため、完全な新車はこの後1000形まで途絶えることになる。 ■スタイル的には先発の101〜104と比べ屋根が浅くなり、幕板が狭くなったため軽快さが増した印象がある。また、側窓は他の自社発注車とは異なり2段(下段上昇式)になった。 ■原形では106〜108が前面幕板向かって右側、109・110が同じく中央に行先表示用小窓を備えた。これは戦後、前照灯の移設ごろに撤去されている。 ■当初は当時標準のステップ付き、腰1灯ヘッドライト・救助網装備であったが、戦後にはヘッドライトが屋根上へ移り、車外ぶら下がり防止のためバンパー下にドクロテールを装備(それ以前はテールライトは標準装備ではなかったが、戦後すぐには腰1灯ヘッドライト+腰1灯ドクロテールという姿も見られた)。のちテールライトは腰板2灯の埋込式となり、1955年の旅客用ホーム嵩上げによりステップが切除されて、有名な晩年の形態ができあがった。ポール時代は4個×2列のT型ベンチレーターを装備し、ドア上の屋根に水切りらしい突起があったが、Zパンタ化で撤去されている。 ■なお、江ノ電のボギー車、いわゆる「タンコロ」は単行運用限定のため、他車も含めて連結器の類は装備されていない。また、扉は最後まで手動であった。 ■台車は原形では新潟鉄工所製NDE-1だが、110は昭和30年代にブリルの鋳鋼製台車に履き替えたほか、106・109は後述の304Fへの改造時に連結車201+202と台車を交換。以後304Fは元200形のブリル鋳鋼台車を改造使用、200形が106・109由来のNDE-1を履き、のち200形の306Fへの改造に際してもNDE-1が流用された。 ■塗装は登場時の茶一色→戦前〜戦後のクリーム+茶→戦後のクリーム+青→現行標準色と変化し、そのイメージの変化は目まぐるしい。なお、原形ではライト位置が高かったため、自社発注車では唯一車番がライト下に書かれていた。車号表記は戦時中にゴシック体になったものとみられるが、側面に楕円形の車番プレートを付けた姿の記録もあり(これは昭和10年代〜20年代初期の他のボギー車にも見られる)、戦後各種パーツがある程度統一され、表記の位置が揃えられるようになるまでは、しばしば様式は変化していたようである。 ■1958年には106・109が連接化され304Fとなり、本グループは3輌となったが、他のボギー車がことごとく連接車化される中、残り3輌は105とともに長く「タンコロ」のまま活躍。1964年のポール→Zパンタ化を経てラッシュ運用等に生き残っていたが、ATS導入に伴い機器搭載に対応できず、1000形の導入に伴って1979年に105とともに110が、1980年には107・108が廃車。これを以て江ノ電での「タンコロ」の活躍も幕となった。 ■引退後、107は由比ヶ浜海浜公園にトロリーポール復元・木張り座席化の上で静態保存(その後若干移動。海岸沿いのため腐食が進んでいたが、2009年1〜2月に補修・再塗装が施された)、一方108は江ノ島駅構内で倉庫代用となったのち、開業85周年記念行事の一環として1987年に極楽寺検車区で修復された。当初は江ノ島駅に展示されていたが、1995年に検車区の改築が成ってからは同区に新設された専用庫に移動した。通常非公開だが、毎年開催される「タンコロまつり」他、イベント時には見ることができる。車籍はないものの、電気品などは維持されており自走が可能である。
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