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![]() ▲5601F(2012.03.01 大船〜富士見町) |
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■2004年、400形の置換用として、5001-5101-5002の番号で製造された。 ■2001年の深沢検車区一般公開の際には、新系列の車番として「600形」が告知されていたが、結局は一つ桁を上げた5000系となった(プレスリリースでは他形式の「形」に対し、当車では「系」表記が採られた)。 ■車体の最大寸法は550形に準じているが、湘南モノレールで初めて両開き扉が採用され戸袋窓を廃止、前面窓の天地を400形に近い寸法まで拡大し、ワイパーを貫通扉窓含め3連に強化。灯具類も角型として黒縁のライトケース内へ配置、機器カバーのグリル形状も変更され軽快な印象になった。また、近年の傾向に合わせて転落防止用外幌も採用された。窓廻りには黒色が配され、スモークガラスと相俟って現代的な印象である。側窓の幅も550形より拡大された。 ■内装も大幅にモデルチェンジされ、グレー系統の化粧板に青いシート(優先席は青みがかったグレー)という配色を採用。シート配置も車端部に一人掛け席(車端向き)を設けた集団見合い式となり、ドアチャイム、自動放送、LEDによる次駅案内(JR東日本E217系などと同タイプ)、車椅子スペース、ワンハンドルマスコン、IGBT-VVVF制御も新規採用である。ただし集団見合い式座席は当車のみに留まり、後続の5503Fではボックス配置とされた。 ■行先方向板は当初、紺地に赤文字の専用のものを用意。程なくして2004年8月ごろ従来の黄文字のものを使うようになったが、2007年10月の5503F搬入ごろから再び赤文字の板に取り替えられた。 なお、側面の車番表記は全車とも行われていないため腰板には標記が一切なくなった。社紋は先頭車の戸袋部に配されている。 ■前面のアンテナは当初見られなかったが、2006年から前面助士側窓上に設置。この配置は後続車も同様。 ■床下は当初550形のイラスト車551Fと同様の平板で、当車の特徴の一つだったが、2006年6月中旬頃より張り替えられ、550形同様のメッシュとなっている。ただし5101に限っては工事完了までの1ヶ月強の間、暫定的に片側2箇所のみ平板が残された状態で運用された。この工事は同7月下旬に完了し、同時期に案内車輪の寸法も変更されて先頭車は5001・5002→5301・5302、中間車は5101→5201と改番が実施された。 ■今のところ5201(←5101)のみ側面腰板広告の貼付対象となっている(現在は広告なし)。また2005年5月頃からの一時期、車内シートの座面・背凭れ(裏表両面)を使用した広告が5001に2ヶ所設けられた。のち550形555Fにも同様のものが現れた。 ■2006年末より、550形同様ヘッドマーク保持用の金属製クリップを前面扉窓内に取り付けている。 ■2008年2月24日の5500型による冒進事故の後は同系車のため運用を離脱、同年7月に復帰した(調査結果を踏まえ、VVVFインバータの仕様を一部変更したとされる)。この際には、形式標記が先頭車は「5300A」、中間車は「5200A」に変更されていたが、のち2009年下半期〜2010年頃にはそれぞれ「5300B」、「5200」に再度変更された。 ■5603F(←5503F)が復帰した2010年3月末頃からは、改修工事のため再び運用を離脱(車庫にも姿が見えなかったことから、線路を離れメーカー工場へ回送されたものと思われる)。同年8月に再入線し、9月初旬頃から運用に復帰した。この際2度目の改番が行なわれ、先頭車が5301・5302から5601・5602に改番。5000系全編成が5600番代に揃えられた。妻面の形式標記は先頭車が「5600A」、中間車が「5200」となっている。 ■2010年改修時には、後続2編成に合わせて先頭車連結面側に密閉式の貫通扉(ピンク色)が新設されたが、配電盤などの配置はそのままとしたため、扉を先頭車から見て左側に片寄せ、右側を戸袋として、既存の貫通路スペースの中で完結させる独自の形態を採用。この戸袋部にも窓が設けられており、特異なスタイルとなっている。
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