×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。


▲晩年の501F(2000.11.19 長谷)
連接車・連結車の試作を経て、その後の車輌近代化では連接車が採られ、1956年に501+551、翌年502+552をそれぞれ東洋工機・東急車輛で製造した。

ほぼ新製だが、名義上501Fは201(旧)から、502Fは115・117からの改造となっており、実際台車は501Fが201から2個、113・114のいずれかから1個を、502Fが117のものおよび同型品をそれぞれ流用(502Fのものは大幅に改造)したため完全な新製ではない。当初は501+501・502+502で、1960年に鎌倉寄り車を551・552とした。

ヨーロッパ調といわれる丸みの強い車体が特徴で、前面窓は左右にパノラミックウィンドウを配し中央のみ下降式、側窓はバランサー付1段下降窓(初期は窓下寄りに保護棒付)、客扉は当時まだ珍しかった両開き、照明は蛍光灯、扉間にはクロスシートを設置(背ズリがパイプ製の簡易なもの)、テープによる車内放送も行なうなど、斬新な機構を満載した意欲的な車輌であった。台車中心間距離も従来車より拡大され、床下機器の搭載スペースが広く取られた。

製造費用は300形改造の約2倍と高額で、3編成目の増備がなかったのはそのせいだろうといわれる。

製作会社の違いにより前面オデコのカーブが2編成で微妙に異なっていたほか、502Fは角型前照灯を備え、両脇に付けたタイホンと一体のケーシングとしており、円型1灯の501Fと顔つきに差があった(タイホンカバーの縁は当初金属地の銀色だったようだが、程なくして車体色とされた)。また方向板も501Fは当時標準の縦書きで登場したが、502Fは当初から横書きだった(後年のものとは若干形態が異なる)。

ベンチレーターはグロベンで、原形では1輌につき4個(のち501Fのみ2個減の2個となる)。502Fのベンチレーターは501Fのものよりも大きかった。後年のような雨樋・縦樋は当初はない。501Fはベンチレーター間にも簡単なランボードがあったようである。

前面をはじめ各所のHゴムは当初501Fが白(車体色のクリーム色?)・502Fが黒で、のち編成内で2色が混在した時期もあったが、ドアの片開き化ごろから黒に統一されたらしい。

車番は当初銀色の切り抜き文字で、501Fは「EKS」イニシャルのみ白文字、502Fは車番・イニシャルともに銀文字とされていた。表記類は位置の変更、切り抜き文字→ペンキ書き化あるいはその逆の変更がけっこうな頻度で行なわれたようで、側面車番は1990年代末には501Fが原形と同じ客扉間中央(白文字)、502Fが近年標準的な乗務員扉と客扉の間(銀文字)となっていたが、後述の1999年の更新に伴い後者の位置に統一され(前面とともに1000形のようなプレート式に変更。文字色は異なったまま)そのまま引退を迎えることとなった。

流線型のシルエットは変わらないながらマイナーチェンジはかなり多い。以下に主なものを挙げる。

1960年代
・1964年、ポールのZパンタ化(501・502のみ搭載、551・552は台座のみ存置)
・前面中央窓の固定化
・(おそらく1960年代中)テープ放送の廃止
・(おそらく1960年代中)オールロングシート化
1970年代
・重連運転のため密自連化(下支持式)、ジャンパー栓整備
・1973年、パンタグラフ化(551・552→501・502の順)
・1979年、前照灯シールドビーム2灯化(窓上前照灯を非点灯で存置した3灯時代あり。1983年ごろには502Fの旧ライト・タイホン跡を板で塞いだ姿も見られた)
・前面車番を腰板中央に移設
1980年代初頭〜中盤
・1980年ごろ、車外スピーカー取付
・連結器胴受改造1(上吊り式。この時から藤沢寄り車の車体にジャンパー栓受が付く)
・連結器胴受改造2(下支持式)
・1984年、501Fのパノラミックウィンドウを廃し外開き式の窓を2枚ずつ設置、前面5枚窓となる(当初木枠)。同時に側板裾部の丸みをなくし、通常の断ち切りとする
・1985年、502Fも同様に改造(当初からアルミサッシか?)
・同年、扉の片開き化、戸袋・窓廻り改造(502Fは前面窓改造と同時。最初は戸袋窓が小型で、501Fでは戸袋窓と接する窓の縁が整形されず、少し経ってからRが付けられた。502Fは当初からR付だったらしい)
・雨樋・縦樋整備
1980年代末〜1990年代前半
・連結器胴受改造3(上吊り式)
・501Fの前面両脇の開閉窓をアルミサッシ化
・戸袋窓寸法を拡大
・1988年ごろ、客扉窓を金属支持化
・1989年3月、501F新性能化:台車はTS-837(端台車)・TS-838(連接台車)
・同年、列車無線アンテナ取付
・1990年7月、502F新性能化(台車は501Fと同様)
・乗務員扉交換
・保護棒が窓上寄りに付く
・車内更新(502Fのみ)
・1994年ごろ、連結器を密連+電連化(車体のジャンパー栓受を撤去)
1999年
・2編成ともに車体を更新修繕
・更新に伴い車番をプレート+切り文字化(1000形に準じた形態)、側面車番位置を統一
・行先方向板寸法を拡大(502Fのみ。現在の305Fのものと同タイプ)
2000年〜
・機器更新による新型車との重連対応化(501F:2000年、502F:2001年)

優美なスタイルは晩年まで人気があったが、前述のように台車間距離を長くしたため重量配分に問題があり、冷房化ができず廃車候補となる。2001年夏には501Fが「ポストペットトラベラーズ」の広告車「モモ電」としてピンク・クリームのツートン塗装となり、車端のシートモケットがピンク色のものに張り替えられるなど話題となったが、標準色に戻されないまま2002年1月に廃車。502Fも2002年、開通100周年を前に「プラレール」広告車となり、そのまま2003年1月に廃車となった。

現在、502の前頭部が極楽寺検車区に保存されているほか、552の車体も半分程度に切断されて東京都調布市内の中古車販売店に置かれている。

編成

藤沢 鎌倉
501F 501 551←501
1960改番
502F 502 552←502
1960改番

各種データ(特記なき限り編成全体の値)

製造所 東洋工機・東急車輛
制御方式 抵抗制御(末期は弱め界磁付)
駆動方式 吊掛式→中空軸平行カルダン式(1989・90年改造)
主電動機 48.5kw×4(吊掛時代)
50kw×4(カルダン化後)
歯車比 3.37(吊掛時代)
6.31(カルダン化後)
ブレーキ方式 電磁SME→電気指令式(HRD-1D)発電ブレーキ付(2000・2001年改造)
車体構造 半鋼製
最大寸法
(長×幅×高)
25,400×2,540×3,825mm(最終期)
自重 36.5t('79年頃)/37.4t(最終期)
※18.8t(501・502)、18.6t(551・552)
定員(座席) 160人(64人) ※ロングシート化後の値
製造年 昭和31・32年
最大在籍数 2編成

備考的写真 クリックで拡大
   
 ディテール
1998 1998 1999.12
 501Fのいままで
1977 1985.03 1985 1998.08.23 2002.01.01
 502Fのいままで
1979.11 1983.03.12 2003.01.01 2005.11.06 2009.10.10

Nゲージ模型製品
Masterpiece
江ノ電501F 2000年仕様(2000年)  真鍮製キット(現在絶版)
305Fと同じく、発売当時の実車に合わせた新性能仕様で製品化された。プロトタイプは501Fのみ。動力込みのトータルキットで、ハンダ付け組立が前提。
江ノ電501F原形タイプ(2002年)  真鍮製キット17,800円
パンタ化後、1灯ライトの1973〜79年頃の姿を再現したもの。キットの基本的な仕様は上記製品と同様。501Fの旧性能時代を再現する製品は、今のところNではこれだけである。
江ノ電502F原形タイプ(2002年)  真鍮製キット17,800円
こちらも同じく1970年代の仕様。501Fとはライト廻りと台車を違えてある。
MODEMO(ハセガワ←長谷川製作所)
江ノ島電鉄 500形「2灯型」(2004年)  プラ製完成品 M車10,290円/T車5,880円
例によってM車とT車が同時に発売された。ベンチレータはユーザー取付の別パーツで大小の2種が付属し、パーツと取付位置の選択によって2編成どちらにも仕立てられるようになっている(ディテールはどちらかというと502Fに近い)。床下機器は更新後のタイプ。
江ノ島電鉄 500形「角型1灯型」(2004年)  プラ製完成品10,290円
一連の「1灯型」製品や上記Masterpiece製品と同じく、1970年代の姿がプロトタイプ。今のところ角型前照灯の502Fのみ製品化されている。例によってほとんどの部分が新規パーツの力の入った製品。
その他
バンダイ「Bトレインショーティー」シリーズにおいて、晩年仕様のショーティモデルが製品化されている。2002年、開業100周年記念製品として305Fとともに発売されたもので、当初はグッズショップ・駅窓口・通販限定だったが、のち一般流通も開始された。
のち、501F最末期の「モモ電」塗装も追加されている。

 ▲もどる